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医療者と患者、双方の思いを知り協働を目指す“患者のプロ”・COML山口さんに学ぶ

患者やその家族からの電話相談を柱に活動する、「認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOML」の山口育子さんに、編集部がお話をうかがってきました。

認定NPO法人 ささえあい医療人権センターCOML(コムル) 
理事長 山口育子さん

[プロフィール]
1965年大阪生まれ。自身の2度にわたるがん闘病経験などをいかし、患者と医療者が対立するのではなく、同じ目的に向かって協力する“協働”の実現を目指し、医療現場によりよいコミュニケーションを築くため活動中。
【COMLのサイト】http://www.coml.gr.jp/index.html


「患者の自己決定」に対する医師の思い・患者の思い

──医療者ではなく、“患者が治療についての意思決定をしなくてはならない時代”になってきていますが、長年医療者と患者をつなぐ役割をされている山口さんは、この変化についてどう感じておられるのでしょうか。

「私たち一人ひとりが『いのちの主人公』『からだの責任者』。」を合言葉に日ごろ活動しています。そのなかで“患者力”をつけましょう、という主旨の話をします。どういうことかというと、患者側も知識をつけて、医師とともに治療を考えたり、選択したりして、医師にすべてを丸投げしない治療の受け方があるのでは、ということ。
以前のように医師が「あなたにはこの治療が良いですよ」とか「これしか、選択肢がありません」と言っていた時代には、専門家である医師が主導権を握っていたわけですが、いまは治療方法がどんどん進化し、多様化していることで、選択肢が複数あります。
医師が「あなたの症状の治療には、これが最適」という風に、はっきり言えなくなってきているんですね。

──医師としては、良い選択肢をいくつか提示しているけれど、専門知識のない患者側にそれをわかりやすく説明して、選択までもっていくのは難しいですよね。私たち患者側としても「選んでください」と言われてもとまどってしまうのも当然かと。

医療の不確実性と限界の話にも関わってきます。一般的に同じくらい良い治療とされていても、その患者さんにどちらがより効果があるのかは、やってみないことには結局、医師にもわからないわけです。でも、「知識がないから」とか「自分で選択したり決定するのは怖い」からと医師にすべてをゆだねるのではなく、自分も能動的に病気に向き合っていくということが求められている時代なのだと思います。
あとは、患者さんの価値観や状況もさまざまですから「働きながらできる治療がいい」「手術の痕が目立たないほうがいい」といったように、個々のケースで対応しなければいけないことも増えてきて、医師にとっては治療の選択を自分だけで決定することがなかなか難しい。だから患者側からも情報や意向を伝えて「ともに考えていく」ことが必要なんです。


大前提として、
「医療者と患者の間には、感覚の違いがある」ということを知っておく

──治療される側としては、どのくらいの危険度なのか、それとも効果があるのか、とても気になります。

パーセンテージに関して、医療者と患者側でとらえ方が違う場合が多々あります。たとえば1%の治療リスクと聞くと多くの患者さんは「ほとんど起こらない」と思うじゃないでしょうか。でも1%って、100人に1人は起きるということですから、医療の現場では大きな重みがあると思っています。やはり、安定した治療や、安定した検査というのは、リスクが0.1%以下とされていますので。そうすると、100人に1人が起きるっていうのはすごく大きなことだと。

たとえば合併症とか副作用とかが起きる確率についての話で、「90%は大丈夫」と「10%は、起きます」という2つの言い方があったとき。じつはこれは同じことを言っているんですが、全然違うように聞こえるんですよ。
やはり「9割大丈夫」と言われれば安心感を持ちますが、「10%も、起きるんです」と言われたら、すごく起きそうだという印象になりますよね。そう考えると、言い方にもよるのではと思います。

──数字を絶対視しないほうが良いっていうお話は、すごくよく分かったのですが。では数字や確率が話に出たときに、患者としてはどのようにとらえたらよいでしょうか?

もし私ならば、たとえば「10%」と言われたときに「医師の間では、その10%というのは、どういう意味を持っているんですか?」と聞きますね。 医療者のなかではそれは「かなり大きなできごとです」ということなのか、「ほとんど、起きません」という意味で使われているのか。どちらなのかというところを聞いてみます。
確率として出てくる数字は、あくまでも1つの手がかりとして聞いておくのがよいと思います。ただし、専門家から見たときに、その数字や言い回しにどういう意味があるかというのを、聞いておく必要はあると思います。

──あ、そこまで踏み込んでいくと、自分でも理解しやすくなりますね。

そうですね。そこの解釈の違いを聞かないことには、医療者との間に認識の差が生まれて、あとで「こんなはずじゃなかった!」ということになってしまうと思います。

──でも正直な話、そういう部分も医療者のほうからフォローしてほしいと思うのは無理な話なんでしょうか……?

最近とくに思うんですが、私の周りって仕事柄、医師だらけなんです。そうすると、やはり愚痴や弱音も聞きますし、おもてに出していないだけで、すごくいろいろな悩みを引きずっていたり、じつはとても敏感に反応していたり。本当に“ふつうの人”なんですよね。私はそれが当然だと思っていますが、一般の人のお話を聞いていると、医師はすごく特別な存在だ、という認識でいることが多いんです。でも医者もやはり人間ですから、欠点もあるわけです。
ですから、「これが私のなかの“良いお医者さん”です」という基準を作って、それを満たしてくれるかどうかに重点を置くのがいいのではないかと思います。そこにあんまりあれもこれも、どれもこれもと条件を上乗せして「ちょっとでも欠点があったら、許せません」なんていうのは無理がありますよね。
「これだけは捨てられない」という基準、たとえば“私は治療経験が豊富なドクターがいい”というようなことですね。そこが一番重要だと感じる人は、それは絶対条件にしてもいいと思います。
ほかの基準だとたとえば、以前に副作用や合併症について聞いたときに、医師がほとんど説明してくれなくて大変な思いをした、という方は、“マイナスなことも、きちんと説明してくれるドクターがいい”だとか。いまの自分は症状が落ち着いているから、“技術がものすごく高いことよりも、長くお付き合いするうえで、優しくて何でも話しやすいドクターがいい”だとか。みなさんそれぞれに違ってくると思います。

──病気の種類や程度はもちろん、経済状況なども、個人で違いますし。

治療を受けたい医師の条件をたずねたときに「女医さんがいい」と言う方がいます。「なぜ女医さんがいいんですか?」と聞くと、「優しいから」とおっしゃる方が多いんです。
私はいつもそのときに「あなたの周りの女性のお友だちは、みなさん優しいですか?」って聞くんですけれど。女性の友人で、全員優しいなんて、ありえないですよね、患者がみんな同じでないことといっしょで。でも、なぜか勝手に“そういうものだ”っていうイメージを作ってしまっていると思うんです。だから患者のほうでも節度を持って対応しないといけないと思っています。もちろん医師が患者さんに対応するとき、看護師が患者さんに対応するときも同じです。人間対人間なので、傷つけるようなことを言ってはいけない。これは、お互いさまですよね。


ふだんのコミュニケーションを豊かにすることが、
医療における上手なコミュニケーションにつながる。

──医師も人間だというのは確かにその通りで、そう考えるとちょっと医師とのコミュニケーションのハードルが下がるような気もします。ただ、そうは言ってもやはり限られた診察時間のなかで聞きたいことを聞くのは難しいので、なにか医師に対して質問をするときの“コツ”みたいなものはありますか?

私は、質問することよりももっと大事なのが、「確認すること」だと思っています。
自主的に「いまの話はこういうことで、間違いないですか?」と、自分が理解した内容を自分の言葉で置き換えて、医療者に確認するということですね。
これはじつは、日ごろから日常会話で練習しないとできません。質問も確認も、日常のコミュニケーションの中でちょっとだけ意識してやっていると、医師の前でも、だんだんできるようになると思います。

──難しい用語や数字が出てきたりすると“わかったフリ”をしてしまいがちですが、結局は日常のコミュニケーションと大きくは変わらないんですね。

ただし、先ほどの確率の話にも関連しますが、同じ日本語を使っていても、医師と患者ではイメージが違うんだということを知ったうえで確認するというのも重要ですね。
たとえば一般の人に、「もし、あなたにがんが見つかって、あなたのがんにはこの抗がん剤が“比較的”効きます、って言われたら、どれぐらいの効果を期待しますか?」と何人にも聞いたんです。すると大抵の人が、「“よく効く”と言われたら、100%消えるって期待するけれど、“比較的”と言われたら、7~8割ぐらいの確率で消えてなくなると期待する」っておっしゃるんですよ。
でも、医師の間では3割の確率でちょっと小さくなっただけでも、“効果がある”と言うんですよね。それだけ感じ方や認識に違いがあるということを、心にとめておくといいのではないでしょうか。

──専門家を前にして、自分の言葉で置き換えて話すのは、ちょっとハードルが高いように感じてしまいます……。

すべてを細かく話さなくても、「先生は“比較的効く”とおっしゃいましたが、私は7~8割消えてなくなるものだと期待しました。それでよろしいですか?」なんていう風に聞いてみるといいかもしれません。「いや、残念ながら、そこまでは効きません」というようにコミュニケーションがはじまって、認識の違いを医師のほうでも感じてくれるでしょうし。説明をしてくれた医師にそのまますぐに話すのはちょっとハードルが高いと感じる人は、看護師に話してみるというのもひとつの手ではないでしょうか。

──まず大前提として、医療者と患者の間には必ず認識のズレがある、ということですよね。

ありますね。言葉の印象どおりに受け止めて、認識が違っていることがある。「簡単な手術」っていうときの医師の“簡単”と患者の“簡単”は違いますから。

──手術に関連してよく耳にするのが、「手術後がこんなにつらいと思わなかった」という話。手術までの辛さは説明されるけれど、そのあとのことを何も知らされていなかったと。

医師の目的は、治療が成功することですから、たぶん関心が違うんですね。「命に別状があるかどうか」っていうのは医師の関心事なので、命に関係するような副作用のことは言うんですが。
たとえば抗がん剤の副作用でいうなら、しびれ。しびれていても、命に別状がないから、医師によってはあまり重要視しない場合があります。患者さんにとっては、洋服のボタンが掛けられなくなるし、お箸もうまく使えなくなるし……っていうことがありますから、しびれはすごく大きなことですよね。おそらく、生活者の重要なところと、治療を行う人の重要なところが、そもそも違うのでズレが生じるんだと思います。生活の質が守られるのか、下がるのかというのは、医師にとっては「命に別状があるかどうか」に比べると、ずっと小さいことだという感覚で話してしまう。それを患者側はわかっておく必要がありますよね。
医療者も同じ人間で、医療者と患者の認識の間には必ずズレがあるということを知ると、患者のほうも受け身だけではいられないなと思います。


*構成/編集部・小林杏菜(2018年9月)


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