退職後は居場所がなくなる……「孤立の不安」解決策

介護予防の大規模調査にかかわる東大教授の飯島勝矢さんに学ぶ

東京大学高齢社会総合研究機構教授 飯島勝矢さん

[プロフィール]
専門は高齢者医療。介護予防に関する大規模調査をもとに、フレイルチェックや介護予防の仕組みの構築・普及に取り組む。


専門家に言われなくても、多くの人は「健康のために大事なこと」はわかっている。けれど……

「人生100年時代」を楽しく過ごすためには、「フレイル予防」の知識が必須だと考えた私たち取材班。高齢者医療が専門で、「フレイル予防」についても第一人者のひとりである東大教授の飯島勝矢さんに取材アポイントを入れることにしました。

「健康増進のための市民公開講座などで私が講演するとき、導入部分で『つかみ』に使う話があります」
東大内にある研究室に伺って取材を始めたとたん、飯島さんが切り出したその話題に、さっそく私たちは引き込まれてしまいました。それは、どんな話かというと――。

たとえば、東京都心部と地方のある地域で、住民の健康増進に関する調査をする場合。前提となる環境が大きく異なるので、その調査結果の違いから“役に立つ推論”を導き出すことは、なかなか難しい。でも、同じ市内で地域を分けて、たとえば、商店街があるA町一丁目の人々と、▲▲団地のあるA町三丁目の人々について比較調査したときに、「人口構成や高齢化率はどちらも似たような数値だが、要介護率だけは全然違う」といった結果が出ることがあります。
この差は、どちらかの地域内には総合病院があったとか、開業医のクリニックが多かったとか、歯科医院が多かったとか、そういう理由で出るわけでは決してない。医療体制としてはほとんど同じ地域の話なので、そのようなことが、要介護率の差に影響することはありません。
では、なんの差なのか? じつは、その地域の住民の皆さんが、「心身の衰えについての予防」(フレイル予防)について、どれだけ「自分ごと」として感じる環境にいるかの差であると、飯島さんは言います。

「適度な運動、規則正しくバランスのとれた食事、質のよい十分な睡眠……。健康のために必要なことなんて、皆さんわかってますよ。わかっていてもやれない人は、なかなかやれない。継続は難しいのです。

情報がたくさんあふれている時代ですから、だいたいのことは皆さん知っている。『初めて聞きました。そんなに健康に重要なことだったのですか』なんて驚いて、目からウロコが落ちることなんて、ほとんどない。健康になるための情報を“自分ごと”として受け止めるのはなかなか難しく、そんなに簡単にふだんの行動・生活習慣は変わりません」

おっしゃるとおりです! 飯島さんのお話に深くうなずく私たち。
わかっちゃいるけど、なかなか続かない……。私たち自身の日々の生活もそうですし、編集部に届くガッテン雑誌の読者ハガキのコメント欄にも、よくそう書かれています。
だからこそ、医療関係の専門職種の人たちや私たちマスコミは、そのことをしっかり理解したうえで、たくさんの人たちに“自分ごと”として感じてもらえるよう、健康増進に関する情報を発信していかなければなりません。
自分のこれからの健康維持のためには、「受け身」ではない姿勢で、健康情報に向き合う必要がありそうです。
心身の衰え(フレイル)の危険について、まずは“自分ごと”として考えてみる。そこが、「人生100年時代」に向き合う第一歩なのかもしれません。


「悠々自適」の生活が、フレイルへの第一歩!?

本誌の記事で「フレイルの予防には、運動だけでなく、文化活動やボランティア・地域活動が重要だ」ということは紹介しましたが、飯島さんはこんな話もしてくれました。

「去年の春までサラリーマンをやっていて、4月に定年退職した男性。奥さんはもともと地域のコミュニティに入っていて、楽しくやっている。しかし、リタイアしたその男性は、外出は時々釣り堀に行く程度、あとはベランダにある鉢に水をやって『そのあとはどうするかな……』というような毎日で、結局ほとんど誰とも話さないような生活。まだ胸板も厚く、太ももの筋肉も隆々としているけれど、こんな状況は明らかに『社会的フレイル』です。現時点では痛くもかゆくもないけれど、いずれすぐ筋肉が落ちて、要介護の生活が待ち受ける状況になってしまいます」

私たち取材班のなかの男性スタッフにとっては、まさに身につまされるような話。将来の自分について語られているような錯覚に陥ったと言います。

「高齢になると、筋肉が維持できている人と、大きく落ちてしまう人の2タイプに、大きく分かれます。大きく落ちる人の中には、がんを発症したとか、脳卒中を起こして2か月も寝たきりの生活でしたという人も、たしかにいます。でも、それは少数派なのです。大多数は、病気発症が原因というわけではなくて、社会性が縮まってしまう『社会的フレイル』が原因で、筋肉を大きく落としてしまっているのです」

一見、悠々自適の生活が、じつは「人生100年時代」においては幸せにつながらない危険性がある、ということを学んだ私たち取材班でした。


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